さる2019年3月9日、わたくし石川豊久、満67歳にして、黒鯛師の目標である、50cmオーバー、年無し黒鯛(ちぬ)を釣ってしまいました。悲願達成、大願、宿願、心願成就といったところ。
その日、午前は自転車を漕いで額田町くらがり方面で、ちょっと一息と思っていたら、釣友M氏から釣りのお誘い。せっかく呼んでいただけたこともあり、ここはお断りするすべもなく、お供させていただくことに。
春遠からじの3月初旬、浜名湖。風もそよ風程度であったかい。まずはコマセを打っておいて、おもむろに仕掛けをつくり、投入。ハリスは1.2、針はチヌ針4号。まだ日没前。そして、第二投…。なにやらウキがゴソゴソの後、沈んで浮いてこない。「?」と思い、念のためアワセを入れると…、なにやらかなりの手ごたえ。まさか、どうせボラだろう…。だがしかし、慎重なやりとりの後、M氏のアシストタモ網入れでなんと、銀鱗の黒鯛を確認。瞬時に「年無し!?」を確信。ちょうど釣り場で合流のW氏のメジャーを当ててみると50cmをわずかに超えている。
思い起こせば、黒鯛釣りの経歴は35年ほどとけっこう永い。当時、ともだちに、しつこく釣りに誘われ、しぶしぶ愛知県蒲郡市西浦の堤防へ連れて行かれたのが最初(真冬の徹夜釣りだった)。もともと虫も殺せず、魚は飼うのは好きだが釣って殺生はできないというのがぼくの性格。確かその夜に釣れたのは、5センチにも満たないイサキかなにかの稚魚だった(放流)。
にもかかわらず、黒鯛一筋の釣りにはまってしまったのは? やはり、釣って取り込んだときの、あの姿がカッコいいからかもしれない。または掛けたときの感触? 自分とは異質の、他の知性?との対峙。あるいは、現代社会で、狩猟本能を満たしてくれる唯一の手軽な行為とも言える。黒鯛はその好敵手なのかも。
で、3月9日に話をもどす。記念すべきそのときには必ず『魚拓』をとる、と決めていたので早速。帰宅後、墨も墨汁もないことに気づき、M氏宅へ借りに行き、夜な夜な魚拓。半紙がないので敷布を切って用意。魚体のぬめりを束子で擦り落とし、水気をふき取り、墨を塗り、ためし刷りし、やっとのことで魚拓を取り、さらに今度は出刃包丁で下ろしと、すでに時刻は夜半を過ぎてしまったのだった。
この黒鯛(雌だった)を釣ってから帰宅してもろもろの作業を終えるまで、その間のぼくの感情・心境はどうだったかというと…。不思議にも「うれしい」という気持ちにはならなかったのだった。むしろ「出遭い」「因縁」「宿命」めいた感じ。さらには「畏敬」の念。
最近は自転車に意向してしまっていることもあり、一生無理かと思っていた50センチの年無し黒鯛との遭遇は、以外にも厳粛で近寄りがたい一時なのだった。
今後、もし再び『年無し』との出遭いがあったとしたら、今度は敬意をもって海に返そうと思う。所詮、黒鯛も人間も、大して違いがあるわけでもなく、好奇心や喜怒哀楽、愚鈍な心を持ち合わせた、おなじ生き物同士なのだから。
『年無し』とは、年齢がわからないの意味