2018年08月20日

鈴木慶市さん

去る8月4日、鈴木慶市さんが亡くなりました。91歳。慶市さんとは、道長が音羽に作業所を移転した1995年からの付き合いで、昨年まで、道長で使う大根、白菜、かぶ、なす、きゅうりなどを作っていただきました。その間、ざっと24年の歳月。

当初、慶市さんのほかに2人ほど、地元で野菜を作ってもらえそうな方を農業改良普及センターに紹介いただいたものの、いずれも道長の勝手を聞いてもらえず、あちらから愛想を尽かされた感で、最初の数ヶ月で関係は途絶えてしまったと記憶します。

以後20余年、いろいろなことがありました。その中で、いちばん印象深いことといえば、なんといっても、鈴木さんとぼくとで『生ゴミでたい肥作り』をしたことでした。当時、家畜の糞、食品の残渣、生ゴミなどのバイオマスの再利用がブームだったこともあり、どうせ無農薬無化学肥料栽培をめざすならと、たい肥作りの実験を始めたものです。

自作のステンレス製生ゴミ発酵機を道長の作業所に設置し、近隣住民に生ゴミ投入をお願いするというもの。この試み、意外に好評で、新聞にも取り上げられたり、小中学校に二人で指導にいったこともありました。

乳牛の畜産農家へ行って、家畜のふんに米ぬか、もみ殻、おからなどを混ぜて完熟牛糞たい肥の製造実験なども敢行。ホイールローダーという土木機械を使っての実験は、その運転こそは楽しかったものの、ローダーが牛糞の海の中で立ち往生、脱出方法を知らなかったため孤立するという笑い話も。

こんなこともありました。牛糞たい肥を発酵熟成するための雨よけとしてビニールハウスを設営したのだけれど、翌日様子を見にいったところ、なんと夜中に突風で骨組みがグニャり。慶市さんとぼく、夢か現(うつつ)か、あっけにとられ茫然自失。ということもありました。今となっては楽しい思い出です。

彼、鈴木慶市さんは、昭和元年、寅年生まれ。ぼくの母と同い年。母は5年前、86歳で逝ってしまいましたが、なんとなく身近に感じてしまう慶市さんでした。

慶市さんといっしょに作業をする時、毎回実感したこと。ぼくと25年の年齢差があるにもかかわらず、小柄な体格にもかかわらず、とにかく積極的で力持ち。そしてエネルギッシュでした。ぼくが彼の年齢になったとき、果たしてあんなに元気でいられるのだろうかと、いつも考えさせられたものです。

戦後生まれのぼくとはちがい、戦中戦後を必死で駆け抜け、切り抜けた、彼、鈴木慶市さんは筋金入りの努力家でした。戦後、開通したばかりの、舗装もできていない国道1号線をトラックにかりんとうを積み、配達と営業のため、東京を往復したそうです(全国シェアトップのかりんとう会社の専務さんでした)。その勇姿ぶりを想像します。
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慶市さんが道長に野菜を配達に来るとき、外で軽トラのエンジンの爆音が景気よく鳴り響いたもの。もうあの音は聞けなくなりました。本当に寂しくも悲しくも、残念でなりません。

慶市さん、本当に永い間ありがとうございました。あなたにいただいたご恩は一生忘れません。さようなら。
posted by michinagasama at 14:09| Comment(0) | 道長だより

2018年06月11日

ビンディングシューズ

延延と続く真夏の舗装路を逃水を追いかけながら。そして、いつ行き着けるのか、エンドレスのつづら織の坂道をひたすらペダルをこぎ続けて進むサイクリング。

学生時代の自転車旅行が忘れられず、ふたたび自転車にはまって3年経過。その間に、いろいろ縁もあって、わが自家用自転車は現在3台。

というわけで、新しくロードバイクをしつらえたのを機に、SPDという方式のビンディングペダルを導入。これにはセットで専用のビンディングシューズが必要となる。『ビンディング』とは『結び付ける』という意味。『バインダー』という書類を束ねるための文具があるけれど、本来『バインディング』と発音するのが正解。この靴の底には金具が取り付けてあり、それとペダルの金具をカチッと固定し、ペダルへの力を効率的に伝えようというもの。

こうすると、上り坂や急加速などで力を必要とするとき、ペダルを踏み込むと同時に反対側の足で引き上げることができるという利点がうまれる。ペダルとシューズは、踏込んで固定、足首をひねればワンタッチでそれが外れる仕組みになっている。

とはいえ、走行する自転車を停めようとするとき、手際よく固定を外さないと足が地に着かず『立ちコケ』というまずい結果となってしまう。

この事態を事情を知らない方が傍観すると「あの人何やってんの」と不思議に思うほど無様です。ぼくは、もうこれを二回もやってしまいました(ハズカシー)。自転車歴の長い方々に聞くと、みな様経験済み。哀れ、土手の下に転落したという方も。

でもまあ、どなたも致命的な怪我を負ったという方もいない(いればもう自転車は乗っていない?)様子。
とにかく慣れるまでの辛抱とは思うのだけれど、はっきり言って、このような装備は素人のサイクリングにはあまり必要ともいえないのではないかしら。

もうひとつ、サイクリストを自称するほとんどの人は、そのいでたちを上下の『ジャージ』と称するピチピチの装束で身を固めている。速やかに汗を吸収し、発散させることで体温の上昇を防ぎ、テーピング効果により、身体の動きをスムーズにするという効果があるそう。

どうでもいいのだけれど、その窮屈感と露出感、みなと一緒というのに抵抗もあり、ジャージ化は上半身に止めてます。
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 今の夢。自転車で○○一周か。
タグ:自転車
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2017年09月14日

愛猫『まるこ』、その後

『まるこ、その後』
7月下旬、心臓発作で九死に一生を得た17歳まるこオス。その後、どうやら失明してしまったようです。

発作が原因なのか、網膜に血液が通わなくなったりすると、そのようになってしまうことがあるそうです。
老齢に追い討ちの失明という憂き目に、まるこ、しばらくショックだったようで二日ほど動けず、食欲もストップしてしまったほど。それでもなんとか立ち直り、動き回るようになりましたが、大きな段差では、跳び降りることができません。腰掛などに手探りで飛び乗るまではいいけれど、いざ降りる段になると高さが計れず、そのままとなってしまいます。最終的には、ぼくらが居る時以外は乗らなくなりました。

ぼくらのベッドへの乗り降りができないと困るので、丈夫な板でスロープを作ってやりました。何度か練習の末、今ではそれを利用できるようになり、夜中でもひとりでトイレに行けます。大方の方向感覚もあるため、お掃除ロボ『ルンバ』に似た動作をしつつ、トイレ、水のみ、食器、ベッド、ちゃんと自立した日常生活を再開しています。
同居の後輩兄妹猫二匹のたしなみのためか、なめてやったりの親心も復活。
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そんなこんなで、人生末期の盲目という試練もみごと克服の愛猫まるこです。ひたむきに「生きよう」とする姿にいじらしさと執念というか力強さを感じます。ぼくらも、見習わなければいけませんね。
posted by michinagasama at 11:57| Comment(0) | 道長だより